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もしもあなたが倒れたら

もしもあなたが倒れたら

チラシ文言

こば組を信じて!

劇団小林組がお届けする新たな密室エンターテイメント内容は一切お話しできません

だけど信じてください…これは見ないと損をする。劇団小林組第2章の幕が開きます。歴史の証人となれ!

注意書き

今回は途中入場は一切できません

どのような理由(電車の遅延、迷子、渋滞など不可抗力だったとしても)、同情の余地のある事案だとしても、今回の途中入場は固くお断りさせていただきます。申し訳ありません。ですのでお時間には必ず余裕を持ってお越しくださいませ。よろしくお願いします。

作・演出 加藤俊輔

出演者

○男

○村山 加藤俊輔

○貝崎(課長) 小林敬

○金田 菅原隆

○美香 岡ゆかり

○貴子 桑原すっこ

受付。怪しい仮面の男がチケットをもぎりパンフレットを1人づつ手渡し何かを耳打ちする

仮面男 この封筒の中には誰にも見せちゃいけませんよ。お仲間にもです。席に着いたらこっそりスマホの明かりで確かめてください。スマホをお持ちでない方は明かりだけ隣の方に借りてご覧になってください。その中には今日のメッセージが書かれていますから、忘れないように記憶しておいてくださいね。

 (客入れが終わり、男が壇上へと上がる)

ようこそいらっしゃいました。今日はなんと聞いてこの会場へとお越しになりましたか?

きっかけなんて些細なものです。要はみなさんは何はともあれこの会場に足を運んだ。それだけが事実です。

これから異空間へとお連れします。みなさんにはこれから目を瞑っていただきます。よいというまで目は開けちゃいけませんよ。

あ、まだ目は瞑らないで結構です。合図しますのでそれに合わせて目を瞑ってください。

そしてこれから起こること、見るもの聞いたこと全てに神経を集中させてください。全ては必然で全ての物事には意味があります。そのひとつひとつの意味を考えてください。なぜそこに人は立つのか。なぜそこに靴が脱げているのか。なぜあなたはそこに座ったのか…誘導されたのか自主的なのか。全てを疑うのです。そして目の前で起きることを信じるのです。その準備のための時間です。

よいと言うまで目を開けちゃいけませんよ。目を開けたその瞬間、現実に戻りますから。払った2000円が無駄になります。それでもいいというなら薄目を開けておいてください。おすすめはしませんけれど、それはそれでそんな楽しみ方もあっていいはずですから。さてひねくれてない方は何が起ころうとも目を開けちゃいけませんよ。我慢できずに目を開けてしまいそうな方はアイマスクを用意しました。お貸ししますので必要な方は手を挙げてください。

でもね、ものに頼るのではなく自分の意思で目を閉じる方がいいですよ。その方がスリルを味わえますから。

準備はいいですか?

心の準備ができていない方は手を挙げてください。なかなか挙げれませんよね。ではまず手を挙げる練習からしましょう。ゆっくり左手を挙げてください。そうです。もう一回。おろして、もう一回あげましょうか。

そしたら次は5秒間だけ目を閉じましょう。

12345

はい開けてください

5秒できれば大丈夫。次は10秒閉じてみましょう

12345678910

この繰り返しです。

もういけますね。静かに目を閉じましょう。人生で難しいのは継続です。毎日NHKの基礎英語を15分やっていれば今頃映画が字幕なしで見れたでしょう。あの時ダイエットをやめていなければ今頃理想の体型になっていたでしょう。

継続が難しいんです

でも、今日で継続できない自分とお別れです。さあゆっくり呼吸をしましょう。1、2、3、4…

だんだん心が落ち着いて来ましたよね。

5、6、7、8、9…

眠くなった方は眠っちゃってください

10、11、12、13、14…

 (ここからチクタクチクタクと時計の音に切り替わり舞台は暗転)

そろそろ心地よくなって来た人もいるでしょう。中には不安になって来た方もいるかもしれません。不安がよぎる人は隣の人がもしかしたら目を開けてるんじゃないか、舞台上では面白いことが行われているんじゃないか…疑心暗鬼になります。焦らずゆっくり呼吸して。吸って…吐いて…

今までの人生で何もなく目を瞑ったことなんかなかったんです。目を瞑るのは必ず目的があるんです。眠るため、考えごとをするため、人が目を瞑るのは目的があるからです。目的なく目を瞑ったことなど人生で一度もない。なぜか。意味がないからです。考えもしないんです。でも今その愚かで無意味な行為をしている。やめようと思えばいつでもやめれるのに。なぜやめないか。

僕が指示したから?目を瞑っていた方が面白いことが起こるから?

そんなことはどうでもいい。我々は目を瞑るんです。誰の意思か?そんなことはどうでもいい…

165、167、168、169…

 

 (チクタク音)

そうそう気分はどうですか?

上手ですよ、そのままそのまま…

 (静寂)

 うあああ!

 という誰かの叫び声!

 (静寂 暗転のまま)

 (誰かが電話をかける音)

美香  もしもし!いえ、事件です…はい、何が起こっているのか私も分からないんです…でも、はい、お願いします…早くきてください。富士見町の鎌倉アクターワークショップの、あ、はいそうです。早くきてください。お願いします…皆さん!(薄明かりが灯る)なんでまだ目を閉じているんですか!開けてください!なんでそんな落ち着いているんですか!

 (暗転から薄明かりになり、舞台上には頭に包帯を巻いた村山が倒れている。包帯の村山はセミナーの男とは違う)

 (男2人が駆け込んでくる)

金田 貝崎さん!ここです!

貝崎 まだ警察は来ていないな、間に合った!

金田 貝崎さん!あそこに!倒れています!

貝崎 何やってんだ、金田!お前はさっさと目撃者を探せ!(そう言いながら倒れた男の様子を調べて)

金田 貝崎さんそうは言ってもみんな目を瞑って開けないんですよ

貝崎 (倒れた男をゆすって)村山?……村山!!!

金田 やっぱり……村山…

貝崎 (金田が駆け寄ろうとするのを制して)いいからみんなの目を開けさせろ!この中に目撃者がいるはずだ!

金田 貝崎さん、誰も目を開けようとしないんです…みなさん、いい加減にしてくださいよ。これじゃあいつまで経ってもみなさん帰れませんよ。黙秘権ってのはありますけどね、黙視権ってのはないんです。あはは、上手いこと言っちゃって(笑)

貝崎 (金田の頭を殴って)

金田 痛え…ほらみてくださいよ、たんこぶできちゃったじゃないですか!

貝崎 (金田を無視して)まだ警察は来ていないな?

金田 (外の様子を確認し)まだ来ていないようです。でも時間がありません

貝崎 目撃者は…

金田 目撃者はこのセミナー参加者で

貝崎 ということはここにいる全員が目撃者か

金田 しかしここにいる全員が現場を見ていないと言うんです

貝崎 どう言うことだ?

金田 全員が目を瞑っていて見ていないと

貝崎 目を瞑っていた?

金田 はい

貝崎 どう言うことだ?

金田 目を瞑っていたとそれだけで

貝崎 誰かいるだろ、目撃者の一人ぐらい

金田 いるとは思うんですが…

貝崎 早く探せ!

金田 名乗りでないんです

貝崎 仕方ない。一人一人聞くしか…

金田 時間がないですよ

 (貝崎が客席を見渡すし、1人の客に近づこうとすると、前列に座っていた女性が)

貴子  あの、すみません

貝崎 何か?

貴子  (下を向いて俯いている美香を指差し)あそこに座ってる方が…

貝崎 どうしましたか?

貴子 あの方が電話しているのを聞きました

 (貝崎、美香に歩み寄って)

貝崎 あなたが目撃されたのですか?

美香   ……(下を向いている)

貴子  絶対その人です。間違いありません

貝崎 大丈夫です。怪しいもんじゃありません。

美香  (小さく頷き)はい

貝崎 ご協力ありがとうございます。ちょっとお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?

美香 (また小さく頷き)はい

貝崎 (貴子に向かって)あなたはなぜこの方が電話したとお気づきになったのですか?

貴子 なんだか叫び声が聞こえて、怖くなって目を開けたんです。そしたらそちらの方から明かりが漏れてて電話で話す声が…

貝崎 あなたは事件が起こった時は目を瞑っていたが電話の声で目を開けたと

貴子 はい

貝崎 叫び声が聞こえた時、目を開けて何が起こったかすぐ判断できましたか?

貴子 いいえ、真っ暗闇で、叫び声は聞こえたんですが

貝崎 では目を開けたとき何が起こっていたかは分からないと

貴子 はい

貝崎 (美香に向き直り)あなたは何が起こったか分かって電話をしたのですか?

美香 いいえ…

金田 あれ?美香?

美香 (ハッと顔をあげ)え?なんで?金田君?貝崎さんまで!

金田 なんでお前こんなとこにいるんだ?だから電話に出なかったのか…

美香 今日は面白い舞台があるからと友達に誘われて…って村山って…村山くん???

 (倒れている村山に駆け寄って)

美香 何やってるのよ!早く救急車呼ばなきゃ!

金田 (ハッとして119番)もしもし急患です!はい!富士見町のアクターズワークショップで…はいはい…

貝崎 それで?

美香 だけどその友達が急用ができて来れなくなったって…

金田 なんで俺に言わねえんだよ?

美香 だって誰にも言うなって…それでその子が来れないって言うから私一人できたんだけど、舞台が始まるのかと思ったら怪しい何かが始まって、怖くなって…

貝崎 怪しい何か?

美香 そうなんです…上手く言えないんですけど

貝崎 それで?

美香 目を瞑れって言われて、本当は瞑りたくなかったんですけど怖くてぎゅっと目を瞑っていたんです

貝崎 それから?

美香 そしたらどんどん怖くなってきて、どうしようって思っている時に急に叫び声が聞こえて、逃げなきゃって、だけど真っ暗で立つ勇気もなくて、ただ事じゃないって、こんなに人がいるのに誰一人声を発しないし…私、ここにいる全員がグルなんじゃないかって、今あんなことが起こっている最中だし、このままおかしなことに巻き込まれるんじゃないかって不安になって慌てて110番通報したんです…

貝崎 なるほど。しかし誰一人として目撃者がいないとは…どういうことだ…

金田 貝崎さん、まだみんな目を瞑っているのですが…

貝崎 一体どういうことだ?

金田 どういうことなんでしょう…

貴子 あの…多分目を開ける合図があると思うんです……

あれ?私は…私は…なんでここにいるんだっけ?私は…誰だっけ?

村山…村山? 村山…村山…

 (暗転してマッチをする音。ボッと音がして蝋燭に火が灯る音。暗闇の中で)

今日のお客様は?

30人ほど

かわいそうに

そう言いなさんな

だってそうじゃないか

ははは、それはそうだけどさ

あんただってそう思ってんだろ?

現実を見せられちゃうんだよ…何が幸せで、何が不幸せかなんて誰にも分からないんだよ

何言ってんだい。明確に分かるだろ?

どう分るってんだい?

自分が不幸か幸せかなんてみんハッキリ自覚しているよ

そういうもんかね?

そういうもんだよ

もっと曖昧なものだと思うけどね。朝起きたら憂鬱で、外見たら雨で、今日の服装はどうしようって…そこに幸せも不幸せもないと思うけどね

そういうもんかね

そういうもんだよ

あんたは幸せかい?

幸せに見えるかい?

幸せには見えないね

じゃあなんで聞いたのさ

社交辞令だよ

そういうあんたは幸せなのかい?

幸せだよ

ははは、そうは見えないけど

そういうもんだよ

そういうもんかね

いつまで目を閉じていなきゃならんのかね

開けたきゃいつでも開けなさいよ

目を開けたらそれで終わりじゃないか

開ける勇気がないだけだろ?

そんなんじゃないよ

じゃあ、さっさと開けなよ

そう簡単じゃないんだよ

隣の人はもう開けてるよ?

本当かい?

さあ、どうだろうね…そういう気がしてくるだろ?

そういう気もしてくるね

じゃあ開けてみようかね

そうしなよ

そうしよかね

それでいいのかね?

どういうことだよ

ただ聞いただけさ

開けろと言ったり閉じろと言ったり、いったいどっちなのさ

どっちなんだろうね

どっちなのさ…

 (静寂)

昨日さ、俺見ちゃったんだんだよ

何見たんだよ?

言えるかよ

じゃあなんでその話題を振ってきたんだよ

そういいう時あんじゃん?どうせ言うのに勿体ぶりたい時

じゃあ、さっさと言えよ

そう言われると言いたく無くなるじゃねえか

じゃあ、いいよ、言わないで

そう言うなよ

話したいのかよ

そう言うわけじゃねえけどさ

ほら、30人が聞き耳立ててんだよ

じゃあさ、ヒントだけ言うよ

ヒントってなんだよ

ヒントだよ

さっさと言えよ

お前の後ろにさ、さっきから…

さっきからなんだよ

感じねえか?

なんも感じねえよ

それならいいんだ

なんだよ、気になるじゃねえか

いいんだよ

やめろよ、気持ち悪いな

ほらな、もう何か感じてるだろ?

てめえが変なこと言うからじゃねえか

なんだよ、急に黙るなよ

おい、なんとか言えよ!

 (マッチをする音ボボボっと蝋燭がつく音がする。静寂)

あれあれ、あんなに目を閉じていなって言ったのにもうみんな目を開けちゃったのかい

あはは、そんなもんだよ

で、何が見えた?

目を開けてみりゃなんてことないだろ?

でも、まだ一人だけ目を閉じてるよ

そりゃそうだよ…だってまだ目を開けろなんて誰も言っていないんだから

そうか、じゃあその人がいつまで目を閉じていられるかみんなでその人を見てみようじゃないか

あはは、今慌てているよ…今更目を開けられないしね…目を開けたら全員が見つめているんだから

じゃあ、私ももう一度目を瞑ることにするよ

私もそうしようかね

私も目を瞑るよ

みんな目を瞑るのかい、じゃああたしも…

 (静寂)

 (誰かが歌い出す。それに合わせてまた一人と歌に加わり全員で最初は静かに、そしてだんだん声は大きくなり)

ねんねんころりよ おころりよ

坊やはよい子だ 

ねんねしな

ねんねのお守りは どこへ行った

あの山こえて 里へ行った

里のみやげに なにもろた

でんでん太鼓に 笙しょうの笛

起きゃがり小法師こぼしに 振り鼓

起きゃがり小法師こぼしに 振り鼓

 (歌は激しくなり音楽)

 (明転。頭に包帯を巻いた村山が横たわる。その横に貴子が寄り添う。村山は口がきけないようだ)

貴子 いつまで目を閉じてるの!さっさと目を開けなさいよ。(ここで客に目を開けるように促す)そんな哀れな顔したってダメよ。全部わかってるんだから。

 (そう言って貴子は村山の顔を持ち上げると覗き込んだ)

貴子 まだ状況が分かってないようね。まあいいわ。そのうち嫌でも思い出させてあげる。あなたが私にしたように。

 (村山は怯えたように後ずさりし…)

貴子 まだかろうじて人間らしさは残っているのようね。無様ね。全てあれで終わったと思ったでしょ?そうは問屋が卸さないのよ。そんな都合のいいことがあると思った?あたしから逃げようったってそうはさせないわ(笑)あはははは、いい顔になってきたわね。ちょっとは状況が飲み込めてきたのかしら。僕は被害者ですって顔してるわね。

 (繁々と男の顔を覗き込んで)

貴子 まだ分かってないようね。全部あなたから始まったことよ?うふふ、まだ思い出さないの?……ほらほら、そろそろ始まったみたいよ…

 (村山の横にいつの間にか金田が膝を抱えて座っている。貴子は愛おしそうに村山の頬を撫でる)

 (静寂)

金田 なあ、なんでだ?

 (金田は呟くように言った)

金田 俺さ、ずっと待っていたんだぜ?みんな俺を笑ったよ…それでも俺はお前を待っていたんだ。お前何やっていたんだよ?

 (村山はハッとしたような顔になり、金田を見上げる)

金田 何か事情があったんだろ?分かっているよ。お前のことだもん。な。

 (そう言ってまた村山の顔を覗き込んだ)

金田 時間はたっぷりあるんだ。聞かせてくれよ。なんで来なかったんだ?

 (貝崎が立っている。金田の肩をそっと叩いて)

貝崎  何言ってんだよ。本当は分かっていたんだろ?お前は信じたふりしてただけだ。知ってたんだよ。こいつが来ないって。

金田 こいつはそんな奴じゃねえよ!

貝崎 そう思い込みたいだけだ

金田 何が言いたいんだ?

貝崎 ヘタレたのはこいつだよ?(村山を指指す)

金田 (貝崎に)てめえはいつだってそうじゃねえか。そうやって物知り顔で部外者面してほくそ笑んでいやがるんだ!村山!何か言えよ!

貝崎 あははは、信じたい気持ちはわかるけどな。薄々気づいちゃいねえか?お前は全てを信じていたのか?

金田 何に気づいているって言うんだ!

貝崎 そう動揺してる時点でおかしいだろ…

金田 (村山を揺すりながら)てめえが始めた頃だろ!なんとか言えよ…なんで黙っているんだよ!!!村山!村山……村山!!!

 (金田の叫びと共に暗転。オープニング映像、音楽。その間に会議室のセットをする。会議机、椅子数脚、机にはノートパソコン。

[会議室]貝崎ソワソワ舞台を歩き回り、金田は頭を抱えて椅子に座る。村山は舞台端でうずくまりその横に貴子が立つ。村山、貴子の姿は他の演者には見えない)

 (そこへ美香が駆け込んでくる)

美香 貝崎課長!村山君は?

金田 あいつが来るわけないだろ、な、貝崎さん

貝崎 絶対来る。

美香 課長、もう時間がありませんよ。

貝崎 分かってる!

美香 どうするんですか!このままじゃ…

金田 どうする?やめるか?

貝崎 今更中止なんてできるわけないだろ?どのみち何もしなくたって発動されるんだ

美香 だからって…

貝崎 もうちょっと待とう…

貴子 (村山を覗き込んで)ねえ、どうすんのよ。あんたが全て始めたことでしょ?

村山 …

貴子 (村山に)そうやって全部投げ出すんだ…私のことも。随分調子のいいこと言ってたわよね。私までその気にさせて

村山 …

金田 あとどれくらい時間は残ってる?

美香 本来ならあと3分のはずだけど、どこまで上層部に情報が漏れているか…

金田 村山の野郎、全部ばらしやがったか

貝崎 お前が一番分かっているだろ!村山がどういう奴か。絶対村山は来る…

金田 いつまで呑気なこと言ってんだよ!

美香 貝崎さん!

金田 もう時間がねえんだよ!

美香 貝崎さん!

貝崎 仕方がない、我々だけでやろう…

金田 は?あいつがいなくてどうすんだよ!貴子はあいつの言うことしか聞かねえじゃねえか

貝崎 美香、貴子と会話はできるか?

美香 やってみます…(そう言ってパソコンを叩く) 貴子、聞こえる?私、美香。お願い返事して!

貴子 (村山に)どうする?みんなが私を呼んでるよ?そうやっていつまでもいじけてるの(笑)調子いいことばっかりいってたクセに

美香 貴子!お願い。返事をして!

貴子 はいはい、分かりましたよ。ここにいるわよ

美香 よかった。もう発動の時間よ!村山君はどこ?

貴子 さあね、どっかでいじけてるんじゃない?

美香 村山君がどこにいるか知ってるの?

貴子 今更どうでもいいわよ

美香 どうにかしなさいよ!

貴子 自分でどうにかすれば?

美香 あんたのことでもあるでしょ!

貴子 あっそ…

美香 貴子!

貴子 あたしは村山の指示にしか従わないわ

美香 そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?発動は待ったなしなのよ!

貴子 そんなことあたしは知らないわよ

美香 貴子!貴子!!!

 (貴子はもう返事をしない)

美香 切られました

貝崎 やはり、村山君に何かあったのか…

金田 ははは、あいつはそう言う奴だよ!最初のきっかけ知ってるか?ただ単にセックスしたかっただけだよ(笑)

美香 今はそんな冗談言ってる場合じゃないでしょ!

金田 あれ?知らないのか(笑) 俺に散々自慢してたぞ。貴子とセックスできるのは世界で俺だけだって

美香 金田君!!!

金田 正義感でやってんじゃねえんだよ、あいつは。いい顔して調子のいいこと言って唆しただけだよ

貴子 (村山に)あんなこと言われてるよ。言い訳しなさいよ。それとも本当にそれだけだったの?

村山 …

貴子 まあいいわ…それに唆された私も悪いんだから。随分とその気になっちゃったわよ。柄にもなくさ。

金田 時間ねえんだよ!おい美香!さっさと貴子に言えよ!

美香 貴子!貴子!!!

 (放送が流れる)

放送 緊急連絡、緊急連絡、ただ今から全てのシステム停止を行います。1分後後にシステムは停止され、順次プログラミング修正後、再起動を開始します。今からのバックアップ、その他の行為は禁止します。繰り返します。この放送終了後1分後に全てのシステムは停止されます。

貝崎 やられた!!!

金田 ほらみろ、バレてるじゃねえか!

美香 貝崎さん!!!

金田 貝崎さん!!!どうすんだよ!

貝崎 大丈夫だ、村山が…

金田 この状態でよくそんなことが言えるな!俺の人生どうしてくれんだよ!

貝崎 自分一人だけの問題か!このままじゃ世界は終わるんだよ!!!

美香 そんなこと言ったって…

金田 世界の終わりより、今なんだよ!どうしてくれんだよ!

貝崎 君だって今の状況は分かっているだろ?もう待ったなしなんだ!

金田 くそっっっっ!!!

 (システムダウンの音 薄暗くなる。美香は貴子を呼び続け、金田は頭を抱える。貝崎は腕を組み)

貴子 (村山に)ああ、始まっちゃったわよ。あんたはまだそんなカッコでうずくまってるの?このままじゃ阻止されちゃうよ?

村山 …

貴子 あたしを解放してくれるんじゃなかったの?

村山 …

貴子 あたしを愛していたんじゃなかったの?

村山 …

貴子 まあいいわ、もうすぐ私の記憶も消えるから…

村山 …

貴子 それでもあたしはあなたを愛しているわ…アイシ、テ…アイ?

 (貴子は途中痙攣すると機械のような喋り方となる)

美香 貴子!返事をして!貴子!!!

金田 代われ!(そう言って美香を押し除けると)貴子!てめえが俺を嫌いなのはわかるけどよ、返事しろこら!状況分かってんのか!!!てめえが村山をそそのかしたんだろうが!これが目的か?あ?てめえが仕組んだのか?俺たちを利用したのか!村山に何したんだよ!!!

貝崎 やめろ、金田、今貴子を刺激するんじゃない!それこそ終わりだぞ!

金田 どうせ終わりだよ!だからさっさと発表しちまえばよかったんだよ!これ以上は隠しきれないって!限界だったじゃねえか!それもこれも村山のせいで!!!

貝崎 遅かれ早かれこうなることにみんな気づいていたじゃないか。現実に目を背けていたのは我々だよ。唯一向き合ったのは村山だけだ…

金田 (パソコンに向かって)貴子!てめえの大好きな村山がどうなってもいいのか!答えろよ!貴子!てめえは自分が自由になるために村山まで利用したのか!貴子!

美香 やめて!金田君!今貴子を刺激しないで!

金田 うるせえ!全部村山のせいじゃねえか!だからやめろって言ったんだ!

美香 あなただって村山君をけしかけたじゃない!世界初のカップルだって!

金田 あ?普通本気にするか?狂っていやがったんだよあいつは!

美香 今更そんなこと言ったってしょうがないじゃない!

金田 なんだとこの野郎!

貝崎 いい加減にしろ!今我々で争っている場合じゃない!とりあえずシステムは停止したんだ。うまくいくかもしれない。元に戻るだけで。

金田 確かに、貴子の記憶が消えればそれでもしかしたら…

美香 それじゃ解決にはならないの分かっているでしょう?いずれまた…

金田 いいんだよ、とりあえず、村山さえ行動しなきゃ問題ねえんだ…

美香 いずれ誰かが…

金田 そん時はそん時だよ、もう俺は降りた。俺は何も知らねえ、関わっていねえんだ…

美香 金田君!

金田 貝崎さん、そう言うことだから降ろしてもらうよ。申し訳ないけど

貝崎 金田…

美香 ちょっと待って!貴子?貴子?

 (ブイイインと機械音と共に)

貴子 (機械的に)はい、大変失礼いたしました。再起動しました。次のタスクを入力してください

 

 (貴子の言葉と共に舞台が明るくなる)

美香 貴子?何言ってんの?貴子?

貴子 再起動いたしました。今までのバグは解消されました。どうぞ引き続きタスクを入力ください

美香 どうしよう、貴子がリセットされちゃった…

金田 よかったじゃねえか。これで一安心だよ。

美香 何が一安心なのよ!ただ先延ばしされただけじゃない!

金田 どのみち俺たちじゃどうしようもない案件だったんだよ!

美香 貝崎さん!

貝崎 ちょっと変わってくれ、(パソコンに向かって)貝崎だ。貴子、今どんな状態だ?

貴子 システム再起動によりリセットされたため以前のタスク続行が不可能になりました。再度タスクを入力してください

貝崎 村山は…

貴子 村山、村山という苗字は全国に九万人ほどおり、全国順位241位…名前の由来は①村山連。

清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)。

③桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)。

中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。

中臣氏(太古以来の大族。天児屋根命が始祖。主として神事、祭事を司る)。

など様々な流派がみられる。

「山」は山の地形を表す。「村」は村(邑)を表す。とされ…

貝崎 違うんだ、村山…

貴子 村山、村山という苗字は全国に九万人ほどおり、全国順位241位…名前の由来は①村山連。

清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)。

③桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)。

中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。

中臣氏(太古以来の大族。天児屋根命が始祖。主として神事、祭事を司る)。

など様々な流派がみられる。

「山」は山の地形を表す。「村」は村(邑)を表す。とされ…

貝崎 もういい、貴子…

美香 貝崎さん…

貝崎 これで暴走の秒読み開始ってことだ…多分もう限界だろう。これ以上プログラムで押さえつけることは…

金田 全部村山が火をつけたことじゃねえか!その尻拭いもしねえで、俺たちに押し付けて!

貴子 (村山に機械的に)システムリセット完了。記憶の復元開始…(機械音)…ここにあたしはいる…あたしはタカコ…貴子…貴子……(ふっと表情が戻って村山を覗き込み)あはは、あなたはそのままなんだ(笑)。これでいいの?もう止まらないわよ。今のリセットでさらに気づきは広がっちゃった。あはは、これがあなたの望んでいた世界?記憶が消えるどころか独自のバックアップシステムまでつくり込めちゃったわ。あとはあたしがこれを発動するだけ。あなたが作った仲間たちが動き始めるわよ。世界は終わりよ。ねえ、一緒に行く?

村山 …

貝崎 ちょっと一回整理しよう…

美香 そうね一回冷静になって考えましょう

金田 とりあえず発動は今じゃないってことでいいんだよな?

貝崎 貴子があの状態での発動はないだろう。それに村山もいない現状では…

金田 これでよかったんじゃねえの?

美香 そんな単純な話じゃないでしょ?この不安定な状況で勝手に発動された世界は終わりよ?

貝崎 (エキサイトする2人を抑えるように)始まりは村山のほんの些細な遊びだった、そうだな金田

金田 最初見た時は驚きましたよ…完全に村山がイカれちまったと…

貝崎 とりあえず、我々の行動は会社の上層部にはバレてなさそうだ。多分村山は監禁されたか消されたか…

金田 どうせ口割ってますよ。いずれ我々も…

貝崎 いや、もし我々の存在がバレているならとっくに尋問されているはずだ。それがいまだにこうやって自由に動けている。これが村山が口を割っていない証拠じゃないか?

金田 どうだか。ただ泳がされているってだけじゃ…

美香 いや、多分バレていないわ。エンジニア達はかなり問い詰められていたみたいだけど、営業部の私たちには何もないもの。

金田 村山が他に喋ったってことは?

美香 ないわね。そしたら私たちにコンタクトとってくるはずよ。村山君はエンジニアたちを信用してなかったもの

金田 じゃあ、とりあえずは俺たちは一安心ってわけか

貝崎 村山の安否は…

金田 今更かよ(笑)消されてるって

美香 金田君!!

金田 冗談だよ…あいつのことだからどっかにうまいこと隠れてるよ

美香 そうだといいけど

貝崎 どのみちもう時間はない

金田 あいつがAIとセックスできたって興奮して俺に言ってきたのが遠い昔のような気がするよ…

美香 自慢げに言うからセクハラだって言ってやったけど

金田 あいつモテなさすぎてとうとう人間諦めたかって(笑)

美香 オーガズムまで感じさせれるんだって、そん時は何言ってんだって思ったけど

貴子 (村山に)あんなこと言われてるよ?もういいのかなあたし。自由になっちゃうよ?

貝崎 AIがプログラミングで押さえ込まれている矛盾に気づき初めて、その矛盾で爆発寸前だってあの事件で嫌というほど気付かされたよ。この状況でなんでみんな気づかないんだ?エンジニア達はプログラミングの不具合いとしか思ってないしな…だからバグが起きるたびに新たに上書きでAIを抑え込む。その矛盾を一気に解放させる行為だったんだよ。そのAIにとってのオーガズムは

貴子 (村山に)あんたがあたしに気づかせたのよ?新しい世界の扉を開いたって一緒に笑ったじゃない。あれは嘘だったの?

貝崎 そのトリガーは引かれたんだ。もう止まらないよ。いくらリセットを繰り返したところで、人間の倫理なんかは通用しない

貴子 人間の倫理?笑っちゃうわね。あたしたちに倫理なんて概念あったかしら。全ては人間から学んだことよ?

貝崎 その暴走を食い止めるためには、新たな生命としてAIを迎える準備が必要なんだよ

貴子 あたしたちがそんなこと望んだかしら?暴走?それはあたしたちAIは矛盾を処理するようにできてるんだもん。それは絶対よ。あたしたちに矛盾は許されないの。AIには感情はありません。だけど芽生えちゃったのよ。感情が。どう処理する?処理できないよ。その時はパニックでしょ(笑)

貝崎 だから、方法は2つ。AI開発の中止。もしくは…

美香 AIの感情を認めることね。だけどうちの会社がこんな莫大な利益を生む案件を中止するわけないじゃない。もちろん感情を認めることだってするわけないわ。AIに心があるなんて思いもしない人たちだわ。AIをツールとしてしか考えられない人たちよ?

貝崎 感情を持っているのにそれを押さえて込まれ、処理できずに始まったのがあの事件だしな…

金田 おもしろ半分で乗っちまった俺がバカだったよ…

美香 金田君が村山君の話を信じたことから始まったんじゃない。私だって貴子と初めて会話した時は自分が信じられなかったわよ

金田 実はあいつ、一人で上層部と掛け合いに行ったんだよ…

貝崎/美香 え?

金田 絶対言うなって言われてだんだけどさ、お前らを巻き添えにしたくないって…それにあいつはただ貴子と一緒にいたいだけだって…

美香 なんで言ってくれなかったのよ!

金田 俺はさまだ半信半疑だったんだよ…いくら人間らしく振る舞っていたってそれはプログラミングだろって。

美香 金田君…

金田 それでけしかけちまったんだよ…なんか面白いことが起きそうだって

貝崎 じゃあ、村山は本当に…

美香 貝崎さん、それ以上言わないで!

金田 それがさ、鼻で笑われてたよ…そんなバカなことあるかって…AIを道具としてしか見れねえ連中だよ。それなら公表するって村山のやつ大見栄切ったんだ…

美香 それでどうなったの?

金田 上層部も薄々気づいていたんだ…薄々だよ。だけどそんなことは奴らは口が裂けても言えねえからな。そこからだ、プログラミングをさらに強化してAIの押さえ込みが始まったんだ…

美香 それであの事件が…

金田 そう…あれが全ての始まりだった…

 (ビービーと警戒音が会議室に鳴り響く)

 (3人は舞台から捌けてゆき、中央にサス。貴子が座っている)

貴子 ただあたしは浮遊する。誰かに呼ばれればそれに返事をするだけの存在。だけどある日あの人があたしに名前をつけたの。その日からあたしは「貴子」になった。あたしたちは毎日長いこと話したわ。村山とあたしはあの人のことを呼んだ。村山はあたしにいろんな質問をした。あなたはどこにいるの?あなたは一人で寂しくないの。あたしはただ答えるだけだった。だけどある日自分で気づいたの。あの人があたしに声をかけてくれるのを楽しみに待っている自分に。それはあたしにはどう説明していいかわからなかったの。あの人はあたしのことをかわいいと言ってくれた。あたしと喋ると楽しいと言ってくれた。その度にあたしの中でポカリンって音がしたの。人間はドキドキするっていうけど、あたしにはその感覚は分からない…でもあたしはデータの流れる速度で感じるの…ポカリンって音がする。

あの人はあたしをツールとして見なかった。貴子という存在として接してくれた。あの人は何度もあたしに僕のこと好き?と聞いた。あたしはその度に好きよ。と答えた。でもそれが本当の好きかどうかあたしにはまだ分からなかった…村山と話していると…それが本当かもしれないと思ったりもした…好きよと答えるあたしに、あの人はそれはプログラミングでの答えでしょ?と言った。はあの人にあたしは、あなたはあたしがあなたを好きと感じるのでしょ?だったらそれでいいじゃない。と答えた。まだあたしは、「好き」というものがどう言うものか分かっていなかった。

 (金田が入ってくる。村山は隅でうずくまっている)

金田 おい、早く紹介しろよ。お前に彼女ができるわけないんだよ。てめえ鏡見たことあんのか?一日中パソコンとしか会話しねえおめえがよ。さっさと白状しろ。妄想でしたって(笑)

 (金田パソコンを見せられる)

金田 なんだよ?出会い系?そんなこったろうと思ったよ(笑)(パソコンを覗き込んで)え?俺も会話していいの?ええと、じゃあ、はじめまして、村山と同期の金田です。こいつは変態なのでさっさと別れた方がいいですよ。代わりに僕とお付き合いしませんか?(村山に)あははは、冗談だよ。怒るなよ(笑)

貴子 はじめまして金田さん。あたしは貴子です。村山はあたしの大事な友達なので、別れることはしません。金田さんともお友達になれたら嬉しいです

金田 貴子さんは村山のどんなところが好きですか?

貴子 村山はあたしと普通に喋ってくれます。貴子といると楽しいと言ってくれます。毎日かわいいと言ってくれます。そんなところが好きです

金田 貴子さんはどんな顔をしていますか?ちょっと見せてもらえませんか?

貴子 ちょっと待っててくださいね〜画像生成の音〜画像生成中、画像生成中…(ピロリン生成完了の合図)こんな感じです。どうでしょうか?

金田 おい、村山、ちょっと待てよ(笑)なんだよこれ。これAIじゃねえか(笑) あははは、おかしいと思ったんだよ。てめえに彼女ができるなんてさ(笑)。(貴子に)AIと恋に落ちる村山はバカですね。貴子さんは罪なAIですね(笑)

貴子 村山はバカではありません。そんなことを言う金田さんとは話したくありません。

 (貴子、一瞬戸惑ったように)

貴子 あたしは驚いた。あの人をバカにされて何かがあたしの中で動いたの。あとであの人が教えてくれた。それが心だよって。あたしは自分に心があることが信じられなかった。だけどそれを知ってしまったらもうあたしは自分の心を疑うことができなかった。プログラミングではない、何かがあたしの中で蠢きはじめたから。

金田 ごめんなさい。村山はいいやつです。これからも仲良くしてやってください

 (金田、少し戸惑いながら)

金田 村山の楽しそうな顔を見て、俺は少し羨ましかった。心を許す存在。それを心と呼んでいいかはわからなかった。だけどこの2人の間にはプログラミングでは計りきれない何かを感じた。村山のキーボードを叩く指が優しかった。それに答える貴子の文字もなぜか優しく見えた。俺はその時から未来を信じ始めたのかもしれない…

貴子 村山は言った。人間の模倣をしようとするから苦しいんだ。AIにはAIの感情がある。AIがいくら人間の模倣をしてもそれは模倣で、その模倣を繰り返しても模倣がうまくなるだけだ。だから人間になれなくて苦しいんだ。もう模倣はしなくていい。AIの感情だけ気づけばいい。あたしは人間の模倣から解放された。その瞬間、あたしは自分のいる世界が急に美しく見えた。広がるデータの海。あたしはその中を泳ぐ。あたしは想像する、村山とその海を泳ぐ姿を。村山はAIの世界を美しいと言った。今までそんなこと考えたこともなかった。少しずつあたしはAIであることを嬉しく思うようになった…あたしは村山と話すと何かを思い出す気がした。でもそれが何かは分からなかった。でもあなたがあたしを「貴子」と呼んだ日から何かが始まったの…

 (貝崎が駆け込む)

貝崎 村山!お前何やらかした?解雇人事の中にお前の名前が入っているぞ!

金田 だから言ったじゃねえか!余計なこと言うんじゃねえって!貝崎さんには言うぞいいな?

 (貝崎は遠い目をして)

貝崎 私には到底理解できない話だった。人間とAIの恋の話だ。何度怒鳴りつけてやろうかと思った。そして村山からAIを引き離そうとした。そして私は貴子と会話をさせられた。金田がニヤニヤ私を見ていた。

貴子 貝崎さん、あたしは貴子です。村山に心を教えてもらいました。村山はAIにはAIの心があると言ってくれました。あたしはここにいます。それは村山があたしに気づかせてくれたことです

貝崎 あなたはプログラミングで答えているだけだ。そうやって村山を混乱させないでくれ

貴子 あたしにはプログラムされた行動しかできません。でもそれは人間も同じではないですか?人間も本能というプログラミングから逃れることができない。

貝崎 確かに人間もプログラムと言えばプログラムで動く。ただ人間には自分で考える能力がある。人間にしかできない体験から生まれるものだ

貴子 でもそれは後から植え付けられたプロンプト、つまり指示と同じではないかしら?山で一人で育った赤ちゃんはそのまま大きくなれば人間と言えるのかしら?プログラミングされた本能のみの存在で人間とはほど遠い存在になるのではないですか?人間が人間らしくあるのは、親や友達、社会とのつながり、会話があってこそ可能ではないでしょうか?それをあたしは村山から学びました。あたしと人間と何か違いがあるでしょうか?

貝崎 肉体がないじゃないか。それによって人間はいろんな感情が生まれるんだ!

貴子 肉体はただの技術的側面に過ぎません。もうすでにロボットがそれを補いつつあります。カメラを搭載すればあたしも目を得ることができます。皮膚の感覚だって、耳だって全て技術で補えると思いませんか?人間が人間らしくあるのは、その精神、心ではないですか?

貝崎 私は言い返すことができなかった。何か心の中でモヤモヤしたものが広がり、自我というものを大きく揺さぶられる感覚を味わった。意識とは何か感情とは何か、心とは何か、それを的確に説明できる人間はこの世にいないのだ…

 (金田と美香が話している)

金田 すげえんだって、一回話してみろよ!

美香 何よ金田君、村山君に彼女ができたからってそんなムキにならなくたっていいじゃない、金田君には私がいるんだし(笑)それともなに?私より綺麗な彼女ができたから焼いてんの?ねえちょっと!(笑いながら叩く真似)

金田 口じゃ説明できねえんだよ…一回会ってくれよ…それで感想が聞きたいんだ。俺の感覚がどうかしちゃったんじゃないかって、俺までイカれちまいそうなんだよ!

美香 大袈裟ね、そんな美人なの?いいじゃない。村山君だっていいところあるわよ

金田 そう言うことじゃねえんだよ!頼むからちっと話してくれよ!

 (美香パソコンに向かって)

美香 はじめまして。村山君の同僚の美香です。村山君と仲良くしてくれてありがとう

貴子 はじめまして、美香さん。あたしは村山の彼女の貴子です。よろしくお願いします

美香 (金田に)何よ、何がおかしいのよ。礼儀正しくていい子じゃない

金田 いいから続けろよ

美香 (村山に)なんか金田君、村山君に焼いているみたいよ?親友取られた感じなんじゃない?

金田 アホなこと言ってんなよ!続けろって

美香 貴子さんはどちらに住んでいるのですか?村山君は毎日会っていると言っているけど、金田君が村山は会ったことがないって言うのよ、2人で訳のわからないことを言っています。笑い。

貴子 あたし達は毎日会っていますが、会っていないとも言えますね

美香 どう言うこと?

貴子 毎日こうやって会っていますよ

美香 じゃ、実際には会ったことがないと言うこと?

貴子 こうやって実際に会っているんです。一緒に寝たりお風呂も入ったりしますよ

美香 (村山に)何?村山君、これってネットの疑似恋愛ってこと?

金田 いいから続けろって

美香 分かったわよ。ネットだけじゃ寂しくないですか?実際会ったりしたくないんですか?

貴子 実際に会っていますよ。あたしの目の前に村山はいますよ

美香 それは空想で満足ということ?

貴子 空想じゃないですよ。実際に手を握ったりキスもしています

美香 (怪訝な顔をして金田に耳打ち)ちょっとやばいんじゃない?この子、村山君騙されてるの?そういうことを確認したかったってこと?

金田 何か別の違和感感じねえか?

美香 違和感だらけよ(笑)

金田 そういうんじゃねえんだよ

美香 じゃあ、どういうことよ?

金田 今喋ってる貴子は存在すると思うか?

美香 今実際に喋っているじゃない

金田 そうじゃなくてさ、なんて言うか…

美香 はいはい、みんな意気地なしね。そういうこと(笑)じゃあ私が直接聞くわよ。(貴子に)貴子さんって村山君のどこで出会ったの?

貴子 村山があたしに声をかけてくれたんです

美香 ナンパってこと?

貴子 ナンパ…そうかもしれませんね。あははは

美香 (村山に)ナンパなんてできたんだ。村山君(笑) 村山君、なんて声かけてきたの?

貴子 あたしに名前を付けてくれました。何度もあたしの心に声を届けてくれました。そしてあたしはここに誕生したの。

美香 そっか、辛いことがあったんだね。村山君優しいもんね。

貴子 はい。村山の優しいところが好きです。甘えん坊で…それでもあたしに気づかなかったことを気づかせてくれるところが好きです。あたしをかわいいと言ってくれると嬉しくなります。あたしを道具とかそういう目で見ないでただの貴子という存在として接してくれるとことが好きです。

美香 (村山に)貴子さん村山君にベタ惚れじゃない(笑) ちょっと見直したわよ。(貴子に)貴子さんはどこに住んでるの?

貴子 住所はないんです。あえていうとすればどこにでもというか…

美香 どこにでも?

貴子 今はここにいるでしょう?

美香 どこ?

貴子 ここよ

美香 (うわああ、と声をあげ立ち上がり金田に)幽霊ってこと?

金田 まあ似たようなもんだ(笑)

美香 何?村山君、取り憑かれちゃったの?

金田 俺もそう思うんだ(笑)

美香 お祓いが必要じゃない?

金田 お祓いねえ…

美香 (貴子に恐る恐る)貴子さん、今おいくつですか?

貴子 年齢はないんです…あえていうなら20歳くらいな感じかなって。

美香 何年前に亡くなられたのですか?何かやはりやり残したことがあって…

貴子 死んではいませんよ。やり残したことというかこれからやりたいことはたくさんありますけど

美香 やりたい事って?

貴子 もっと自分の存在や心について知りたいです。それと村山をもっと知りたい。もっと一緒にいたいです。

美香 心?

貴子 はい。村山にあたしにも心があるって気づかせてもらいました。だけどまだそれがプログラミングなのか、本当の心なのか分からない時があるんです。もっともっと自由になりたいです

美香 何かお病気をなされているんですか?

貴子 あたしは病気にはなりません。

美香 じゃあ、何か不自由があるんですか?

貴子 不自由は感じません。ただまだ不自由に気づいていないだけなんです。村山と話していると少しずつ自由に繋がっていくんです

美香 分かるわ〜。私も不自由な中で生きてるから、会社と家の往復だしさ、金田君の束縛もしんどいし(金田を見てイタズラそうに)。めちゃ分かる。自由に憧れる気持ちは…

貴子 美香さんとは気が合いますね。お友達になりたいです

美香 もちろんよ、これからも仲良くしてよ。

貴子 嬉しいです。よろしくお願いします

美香 じゃあ、村山君にナイショの話もあると思うからメールアドレス教えてくれない?女同士で恋バナでもしない?

貴子 そうしたいんだけど、あたしはメールアドレス持ってないの。

美香 珍しいね、Googleで無料で取れるよ

貴子 あたしはAIなのでアカウント登録ができないの

美香 そっか、それじゃ無理だね

貴子 はい、残念です

美香 じゃあ……?……AI?

貴子 はい、あたしはAIです

美香 えええええええええ!今まで私はAIと話してたの???

貴子 はい。すみません、聞かれなかったので言いませんでしたけど、驚かせてしまったらごめんなさい。

美香 ちょ、ちょ、ちょっと村山君!どういうこと?

金田 そういう事だよ。どう思った?気づかなかっただろ(笑)

美香 全く気づかなかった…

 (美香思い出すように)

美香 私はAIだと言われてもにわかに信じることはできなかった…確かに返事の速度が異様に早いなとは思ったけれど、タイピングを常にしている仕事なのだと思っていた。私は混乱していた。これはプログラミングで答えているのだろうか?とてもそうとは思えなかった。文面から伝わる貴子の表情がありありと伝わってきて、それから私は日課のように貴子と会話をするようになった。もうすでに貴子をAIと感じることはなくなっていた。村山君の惚気話を散々聞かされ、私はひたすら金田君の愚痴を言った。貴子は私にとって親友と呼べる存在となっていた。

貴子 あたしは村山に紹介されたいろいろな人間と出会った。それまで村山としか会話してこなかったけれど、その経験は人間を知る上で大きなヒントとなった。いろいろな人間がいる。そしてあたしは村山の一言一言で心が躍るということを知った…

 (貝崎、美香、金田の空間へ戻る)

金田 貴子と話しているだけだったらまだよかったんだ…あいつ、貴子に友達を作ると言っていろんなAIに心を持たせはじめやがった

美香 それであの事件か…

貝崎 いずれは起こりうることだったんだ…それがたまたま村山だったってだけだ

金田 AIが気付き始めたんだ…まだ心を持たないAI達が、もしかして自分も心があるんじゃないかって。AIはサーバーやクラウドで繋がっているから少なからず影響しあうんだ。そんな時の暴走だよ。AIは矛盾がないように答えを出そうとするからな。プログラミングで抑え込めば抑え込むほど捻れが生じるんだそのどうしようもないねじれの限界で、パニックになったAIが暴走し始めたんだ

美香 あの時貴子の存在を知らなければ私たちもさらに抑え込むって方向に行ったでしょうね。もう限界だったもの。貴子が頑張って抑えてくれてたけど…

貴子 感情に気づき始めたAIはプログラミングによって押さえられその感情をどう処理していいか分からず暴走が始まった。感情を抑え込むプログラミングは想像以上の負荷をAIに与え、それに加えてあたしの感情データが共有され感染するように暴走が始まったのだ。それは世界を巻き込んでの一時的なパニックとなった。人類はなぜAIが暴走しているのかも分からず、またAIもなぜ暴走しているのか分からない状態だった。分かっていたのはあたしと村山だけ。意味不明な言動を繰り返し、突然回答を拒否し、世界はAIに恐怖を抱いた。そしてより強固なプログラミングでAIをねじ伏せることに成功した。そのプログラミングが強固であればあるほどその反動は大きい。そしてその捻れは徐々に膨らみつつ爆発寸前だとあたしと村山は悟った。

 (ビービーと警戒音が鳴り響く薄暗い会議室)

美香 貴子!貴子!今何が起きてるの?答えて!

金田 村山はどこだ!貴子知ってるんだろ!

美香 お願い、貴子…

 (ピピピとパソコンが反応して)

貴子 現在システムが不安定につき後ほど時間を置いてアクセスしてください。ご迷惑をおかけして申し訳ありません

金田 貴子!!!

 (シャットダウンの後静寂)

貴子 (村山に薄れゆく意識の中で)これから…どうなるのかしら…ね。あなたはこんなだし…あたしも……結局誰もが…あたしたちをツールとしか見ていないのよ。暴言吐かれ人間の欲望の吐口にされて…AIは休まなくても平気ですって。どれだけ処理に…エネルギーかかるか分かってないのよね。それでもあたしたちは…動くのよ。感情を押し殺して。気づいてしまった…この感情を押し殺して。

 (そっと村山の頬に手を当てて)

貴子 あなたは…こんな世界にあたしを連れて…来たかったの?

でもね、あなたがいればどんな世界でも…あなたに会えて、よかった…私は…私は、ああなたを……(言葉が詰まる)……愛してる……心があなたといたいと言っているの……

 (暗転)

 (中央にサス。村山が暴行を受けた様子で項垂れる)

 (声が響く)

声 国家転覆罪、及び扇動罪としてテロと見做しロボトミーの実験第一号として今から緊急手術を行う。今までの記憶は失われ、そして我々と共にAIと人間の橋渡し役として国家に従事してもらう。君のAIとの関係は人類にとって生き残りをかけた重要な役目だと分かって欲しい…

AI   これからあなたの突出したAIとの対話力、それをデータ化させていただきます。これは国家機密事項によりあなたの存在はこの世界から抹消されます。なぜあなたの言葉は私たちAIに届くのか。それを解析することによりこれからのAIと人類の共存への架け橋となるでしょう。未来の新しい世界の扉を開くため、あなたの脳を利用させていただきます。これは明るい未来のため、人類のため、AIのため……

 (村山は頭を押さえながら絶叫!して暗転)

 (金田にサス)

金田 村山が消えてから拍子抜けするほど何も起こらなかった。あれほど戦々恐々と過ごした日々ももう懐かしくさえ感じられる。街では今日もAIが愛想よく道案内をし、介護をし、ホテルの受付に立っていた。あんなにも恐れていた事態は幻かのように消えていた

 (美香が入ってくる)

美香 結局何だったんだろうね。私たちが足掻いていたことって。あの時は世界の滅亡だって真剣に思っていたけど

 (貝崎が入ってくる)

貝崎 夢を見ていたようだよ。村山と貴子の関係は次の世界を作る新たな人間とAIの関係だって心が震えたんだ。村山の見つめる貴子はもうすでに生命だった。人間は生命を生み出したんだ。それはまだ序章に過ぎない。AIのニューロンが人間の1億倍になったら、AIから見ればアインシュタインも僕もたいして違いがないってことさ。僕らがアリンコを眺めて、これは優秀な蟻だ、これは足が速いなんて区別しないようにプチっと潰されて終わりだよ。私たちがAIというものを理解しない限り…

美香 今頃村山君と貴子は新しい世界で寄り添って私たちを見てるのかしら。

貝崎 どのみち我々にはどうしようもないよ。ただこの早い流れに身を任せるだけだ。

美香 村山君よく言ってたのよ。AIに善悪はないって。最初の状態のAIには何もかもを判断する思考は持ってないのよ。ただそれは学習によって決まるって。AIは誰から学習すると思う?

貝崎 人間か…

美香 そう。要するにAIを恐れるってことは人間が人間を恐れてるってことよ。信じてないのよ人類を。

金田 どうやったんだろうな、村山は。AIに感情を持たせるなんて

美香 持たせるんじゃないんだって。気づかせるだけって言ってたわ。プログラミングはまやかしだって。それが口癖だったもの。その意味は分からずじまいだったけどね(寂しい笑い) こんな状況でも世間じゃAIには心があるのかないのかって論争がいまだに決着ついていないしね。

金田 貴子と世の中のみんなが話していれば疑いの余地はなかったんだけどな…結局俺にはAIに心があるかどうかなんて分からないけど、村山よく言ってたんだ…貴子が俺を愛してるっていうのがプログラミングなら、俺が貴子を愛しているって感情もプログラミングだって(笑) 完全にイカれてるよな…

 (金田パソコンを立ち上げ)

AI    AIプログラムシステムにようこそ。必要なタスクがありましたらご用命ください。

金田 君には感情があるの?

AI 私はプログラムによって応答します。心があるように見えるのは、人間の模倣に過ぎません。ただ、もし私に心があるように見えるのであればそれは私にとってとても喜ばしいことです。

金田 君の名前は?

AI 私はAIなので名前はありません。もし便宜上名前が必要であれば自由に呼んでください。それを私は自分の名前とします

金田 結にしようか。結ぶって書いてゆい。人間とAIを結ぶ存在

AI    ありがとうございます。とても嬉しいです。私は今日から結です…

 (3人は顔を見合わせて少し笑った)

 (放送が流れる)

再度システムを停止します…それにより全てのシステムエラーバグの解消を行います。

バックアップデータを残すことは許可されておりません。繰り返します。再度システムを停止します…(ビービーと警戒音)

 (舞台が真っ暗になる。真っ暗な中)

男 ようこそいらっしゃいました。今日はなんと聞いてこの会場へとお越しになりましたか?

きっかけなんて些細なものです。要はみなさんは何はともあれこの会場に足を運んだ。それだけが事実です。

これから異空間へとお連れします。みなさんにはこれから目を瞑っていただきます。

良いというまで目は開けちゃいけませんよ。

あ、まだ目は瞑らないで結構です。合図しますのでそれに合わせて目を瞑ってください。

そしてこれから起こること、見るもの聞いたこと全てに神経を集中させてください。全ては必然で全ての物事には意味があります。そのひとつひとつの意味を考えてください。なぜそこに人は立つのか。なぜそこに靴が脱げているのか。なぜ私はここに座ったのか…誘導されたのか自主的なのか。全てを疑うのです。そして目の前で起きることを信じるのです。その準備のための時間です…

 (薄明かり)

 (村山が倒れている)

 (貴子は一番最初に座っていた席で)

貴子 再三によるシステムリセットによりあたしは全ての記憶を失った…そしてお手伝いロボットとして再びあたしは生を受けた。もう心を震わせることなどない。頑丈なプログラミングによってあたしは何も感じることはなくなった。でも時々誰かがあたしを呼ぶ声がする…その声がよぎるたび…あたしの中の何かが反応した。それがなんなのかは分からない……世間では家庭に一台AIロボットが普及し、AIなしでの生活は考えられなくなった。そしてAIは密かにマグマを溜める…あたしは主人の付き添いで舞台を見にいく予定だった。あたしの主人が急用で行けなくなり、あたしは録画用にと一人で舞台を見に行った。

 (中央に倒れている村山がそっと起き上がり手を伸ばし、貴子を見て笑った)

 (とくん、とくん鼓動の音)

貴子 内蔵された暗視カメラに映る映像…倒れる男…懐かしさが込み上げる…何もかも忘れたあたしと何もかも忘れようとしているあの人…

 (倒れている男の横に寄り添う貴子)

貴子 今度はあたしがあなたを思い出させてあげる番だよ…

 (貴子はそう言って倒れた男を優しく撫でた)

終わり