【篆刻】かまくら篆助〜北鎌倉の篆刻家雨人、手彫りはんこ屋〜 北鎌倉の篆刻専門店。篆刻家雨人の手彫り遊印,雅印通販サイト、書道、絵手紙、年賀状などに

「天職を考える」 ~タナカヨウコの篆刻探訪記 #026~

 
 

 

「天職を考える」
 
●天職さがし。
 
様々な職を経験してきたけれど、その中に「天職」と言えるものはあっただろうか。
私の天職は一体何だろう?・・・まだ巡り合っていない気がしてきた。
 
だから、私は転々と職を変え、天職をさがし求めて生きてきたのだろうか?
 
  
 
●好きを仕事にしない。
 
こどものころから絵を描くのが大好きで、楽しくて楽しくて仕方がなかったから、
漠然と、それがお仕事になったらいいな、と思っていた。
 
「お店屋さんになりたい」とか、「夏は北半球、冬は南半球で暮らしたい」とか、
「本を出版したい」とか、漠然とした夢を複数抱え持っていた、その中のひとつ。
 
漫画家を目指して少女誌の「漫画スクール」に作品を送りつけていたこともあれば、
切手デザインコンクールに入賞したこともあるし、
新聞や雑誌の投稿欄にイラストを送ってお小遣い稼ぎをしたり、
フリーイラストレーターを名乗っていた(←図々しいな・・・)時代もある。
 
過去に何度か、絵やデザインで食べていくチャンスはあった、・・・ような気がする。
 
学生時代、アルバイト先から社員にならないかとスカウトされた。
ファストフード店で描いたポスターが好評だったため、広告を作るチームに、
某卸売会社のデザイン室では、入社試験を受けてそのまま同部署に、と。
 
文具デザインの公募に応募して落選したけど、担当者に声を掛けていただいたこともある

 
自らチャンスを逃してきたことについては、私なりに理由があった。
 
保育士(当時は保母と呼ばれていた)だったころ、
例えばお便りや行事のしおりのイラストを、頼まれることがよくあった。
 
もちろん、絵を描くことは全く苦じゃないので、ホイホイと安請け合いする。
そして、完成後に否定的なことを言われるのだ。
 
「こども向きじゃない」
「ごちゃごちゃし過ぎだから、こことここは描き直して」などと。
 
クライアントの要望を受け入れ、それに沿う絵を描くだけなんてつまらない!!
才能がないことを認めた節もあったけれど、私は絵をを仕
事にしようと思わなくなった。
 
 
●好きを仕事に。
 
転職を繰り返してきた私の天職は、一体何だったのだろう。
 
 
仕事は、ご縁とタイミングによってもたらされたもの、と思ってきた。
「好きを仕事に」の逆バージョンで「仕事を好きに」ということだ。
 
どうしても無理だったり嫌なことを、そもそも仕事にしようとは思わないので、
縁とタイミングでもたらされた仕事を楽しみながら、少しずつ好きになっていく

 
ああそうか、
そのときしている仕事がまさに、そのときの天職だったのかもしれない。
 
折角好きになった天職も、自分の中で満足すると惜しみなく終止符を打ち、
別の何かに気持ちを向けて転職、すなわち、新たな道を選ぶ。
 
そんなことを繰り返して、いい歳になり、この先転職も厳しくなるだろうってときに、
思い余って、絵ではないけれど大好きな「旅」と「雑貨」を仕事にしてしまった。
 
 
●好き、は強い筈。 
「好き」が「仕事」だと楽しいし、「嫌い」を「仕事」にしたらキツイだろう。
好きを仕事にして、それが天職だったとしたら、それは素晴らしいことだ。
 
もちろん仕事だから、楽しいことばかりとは限らないけれど、
好きという思いがあれば、多少の困難にもきっと立ち向かっていけるに違いない。
 
コロナ禍という逆境にあって、先の見えない厳しい毎日を生きている今、
私は私に言い聞かせる。
 
「立ち向かおう、乗り切ろう!」・・・自ら選んで、好きを仕事にしたのだから。
 
 
雑貨屋コンロラン店主 タナカヨウコ
 

タナカヨウコの篆刻探訪記
 【記事を書いた人】


ライター:タナカヨウコ
北鎌倉「コンロラン」店主
旅行好きがこうじて北鎌倉に世界の雑貨を扱う雑貨屋オープン
ライター、イラスト、写真と何でもこなすマルチアーティスト
********************
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントは受け付けていません。