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「篆刻はたくさん彫れば上手くなる」の落とし穴

篆刻は彫れば彫るだけうまくなります???

 どもども。篆刻家、雨人です
 
 

どんどん彫りなさい、彫れば彫るだけ上手くなるから

 
僕も篆刻講座ではよくいう言葉です
 
もちろん嘘は言っていない
彫れば彫るだけうまくなるのは事実
 
 
 

なんだが・・・なんだが・・・
 
 
 
半分合っていて、半分合っていないんです
 
なぜか・・・
 
 
 
 篆刻 鎌倉 はんこ
 
 
 
ちょっと話が逸れて。。。
以前、篆刻が趣味だった祖父が亡くなり
印材を引き取って欲しいと、そのお宅に伺ったときの話
 
亡くなったおじいさんはかなり熱心に篆刻をしており
少なくとも300カは印を彫っていた
それも小さな篆刻ではなく
1寸(約3cm)前後の比較的大きめな印
しかも多字数で10文字前後彫った印も多数あった
 
師匠に付かず独学で
ここまで沢山の篆刻を彫ったのは驚愕だった
ここに残っている印材でこれだけあるのだから
人にあげたりした分を含めれば
さらに数は増える
  
 
篆刻の出来栄えはどうかというと・・・
お世辞にも上手とは言えない
 
でも楽しんで彫っていたのはよく分かった
 
 
 
 ただ、どうしても気になったのが
 
 どれが初期の頃の篆刻で
どれが晩年期の篆刻か分からない・・・
 
全部同じ作風
 
側款を見ればいつ彫ったのかが分かる
しかし、印面はどれも全く同じなのだ
 長年、彼は進歩することもなく
ひたすらに同じような印を彫り続けていたのだ
 
篆刻の目的は上手くなることではない
それぞれの楽しみ方があっていい
  
 
だけど、どうしても引っかかってしまうのだ
 
 
 
 
 
話を戻します
 
何が言いたいかというと
初めの頃ただひたすら彫れば、彫る技術は格段に進歩する
ただただ、そこから先へ進めないのだ
 
篆刻とは何か
 
この質問は非常に難しい
 
 
先人から受け継がれてきた篆刻の概念は
感覚であり、匂いであり。。。
それは、古典と呼ばれる作品を眺め真似し
どっぷり浸かることによってのみ体得できるものだ
 
それは技術ではない
体に染み込ませる、篆刻のエキス
 
 
 
  
よく、篆刻家が
 
この作品は篆刻ではないね
 
的な批評をすることがある
 
 
篆刻をかじっていない人にとっては
なんのこっちゃ?
この作品とこの作品の違いはなんぞや?
と混乱するし、迷うことだと思う
 
 
 
だけど、そういう事で。。。
こればっかりは、
「感覚」
としか言いようがない
 
 
 
 
 
古典も見ずに、ただひたすらに印を彫り続ければ
辿り着くところは、篆刻とは似ても似つかない遠い世界
 
それはそれで趣味だからいい。。。
 
僕がとやかく言うことでもなし
余計なお節介。。。
分かってる。分かってるんだけど。。。だけど。。。
 
だけど、やっぱり割り切れない
だってこんなに彫れるようになったのに
その先に、もっと深い深い世界が広がっているんだって教えたい
 
 
 
 
 

篆刻をたくさん彫れば彫るほど上手くなるってこと

半分当たって、半分当たってない
 
初学者は先ず彫りまくって
石の感覚や、印刀の握り具合を徹底的に自分のものにしたほうがいい
しかし、それをひたすらやり続けると
篆刻から遠ざかってしまう
 
 
ちょっと立ち止まり
先人の印の匂いを嗅ぎに行こう
 
もしかしたら、クサヤのように
最初はいやな匂いかもしれない
だけど、何度も咀嚼するうちに
味わいがじんわりじんわり滲み出てくるんです
 
 
そして、自分好みの篆刻家が見つかったらしめたもの
その篆刻家をじっくり味わってる
そして、彼を通して篆刻のエキスが
体に満ちてくるのを感じるはず
 
そしたら、もう篆刻家と堂々と名乗っていい
なぜなら、篆刻という歴史の中に立ったいうことだから
 
 
そこから新たな遊びが始まる
さらに自由になって
先人達と対話しながら。。。
 
 
 
 

 

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